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新潟地方裁判所 昭和44年(ワ)328号 判決

原告 木滑喜作

右訴訟代理人弁護士 今井敬弥

被告 株式会社青木組

右代表者代表取締役 青木朝吉

被告 青木勇

右被告両名訴訟代理人弁護士 片桐敬弌

主文

一、被告らは原告に対し、各自六〇万六、七七九円及びこれに対する昭和四四年六月一四日以降完済まで、年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを八分し、その六を被告らの連帯負担とし、その余は原告の負担とする。

四、この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、事故発生と被告の責任

請求原因一項の事実は当事者間に争がなく、その事実によれば被告青木組は自賠法三条の運行供用者として、被告青木勇は直接の不法行為者として、原告に対してそれぞれ本件事故に基因して生じた損害の賠償をなすべき義務がある。

二、後遺症の発生

原告は、事故当日から昭和四一年六月二一日まで、新潟市尾崎外科病院において事故時の受傷について通院治療を受け、その頃右の傷害は治癒したと診断されたので、従前どおりタクシーの運転手として就労していたのであるが、それから約一年四ヶ月経過した昭和四二年一〇月末頃から、耳が痛み後頭部が重く感じたりまた他人が運転する自動車に乗せてもらうと吐気や目暈がすることがあった。

そこで、耳鼻科医や内科医の診察を受けたが原因が判明しなかったので、昭和四三年一月八日から葛塚病院に通院して診療を受けたところ、右の症状は鞭打損傷(頸肩腕症候群)であると診断され、同年二月二九日から同年六月二日まで同病院に入院し、退院後も昭和四四年四月二〇日まで三日に一度位の割で通院した結果、右の症状は一応消えたけれども、現在でも寒い時や冷房のきいているところにいると肩・腕に痺れを覚えることがある。しかして、右の鞭打損傷は本件事故に困るものと認められるのである。

以上の認定資料≪省略≫

三、被告らの抗弁について。

原告と被告ら間において、昭和四一年五月一三日に本件事故による損害の賠償について示談が成立したこと、その示談内容に被告らが原告に対し昭和四一年五月一三日以降原告が全治就労できるまで、休業補償金として一日八九〇円の割合の金員を支払うことが含まれていたことは当事者間に争がない。

被告らは、右の示談において原告は休業補償金以外の請求権を放棄したというのである。

≪証拠省略≫によれば、右の示談は事故による損害の一部である休業補償だけに限定してなされたものでなく、損害の全部にわたった示談であったと解されるのである。

当事者間に取交わした合意の内容を記載した書面に用いられている「被告らは原告に、五月一三日から全治して就業できるまで、休業補償として一日八九〇円の割合の金員を支払うこと、これをもって本件事故につき当事者双方間に示談整い円満解決したので、今後どんな事情が生じても異議・告訴・告発をしない」との表現は、到底損害の一部分に限定した賠償を内容とする示談とみれないし、また示談成立過程をみても、事故直後の治療に当った尾崎外科病院において治癒したと判定され、新潟大学病院の診断も同様であったこともあって、当事者双方は事故時の傷害の程度を軽いものと認識し、よもや後日入院までしなければならないような後遺症が生ずることを予測して示談を成立させたわけではなかったのである。それ故に、示談の書面に休業補償について「全治就業まで」支払うと終期が明らかでない表現を用いたものの、当事者双方は原告が二・三週間後に就労出来るようになるとの一致した予測をしていたからであって、無期限の支払を約した趣旨ではなかったのである。それで、結局示談の趣旨に従って、原告は被告らより昭和四一年五月一三日に二万三、〇〇〇円、同年六月二〇日に四万円を受領したが、いずれもその都度最初の示談内容を確認し、殊に最後の六月二〇日においては休業補償の最終支払であることを互に確認し合っているのである。なお、示談内容に治療について何ら触れていないが、これは健康保険利用でまかなうことの了解が前提となっていたこと等が前記各証拠によって認められるのである。

したがって、被告ら主張の示談において原告は休業補償を除くその余の損害賠償請求権を放棄したと解すべきであるが、それはあくまで当時予測した損害についてであって、予測できなかった前述の後遺症による損害賠償請求権まで放棄した趣旨と解するのは相当でない。それ故に、被告らの右の抗弁は採用できない。

四、原告主張の損害の当否。

(一)  健康保険の返還金。

右の返還金は事故直後の治療費に該当するのである。それで、前項に述べたことからすれば、右の返還金は示談の際の放棄の対象となった損害というべきである。原告は、示談時に健康保険より返還を求められたとき被告青木において支払うと約したと主張するけれども、かかる特約の存在を肯認できる証拠はない。

(二)  逸失利益

≪証拠省略≫によると、原告は、本件後遺症の治療のため昭和四三年一月二一日から同年八月六日まで一九九日間(日曜・祭日を含めた日数)にわたって勤務を休むことを余儀なくされ、よって同期間中の賃金を得られなかったのであるが、その逸失利益は次のとおり算出される。

一日当りの平均賃金は二、二七〇円である。後遺症による欠勤前六ヶ月間の給与を明らかにするため原告は≪証拠省略≫を提出したが、昭和四二年八月分は臨時給与が含まれた数額とみられるのでこれを除き、同年九月ないし同四三年一月分までの合計額を同期間中の日数一五三日で除すと右の数額が得られ、その一九九日分は四五万一、七三〇円となる。しかして、≪証拠省略≫によれば、原告は労災から右欠勤一九九日の休業補償として一六万八、九五一円の給付を受けたので、逸失利益はこれを控除した二八万二、七七九円と認める。

(2,270×199)-168,951=282,779

(三)  慰藉料

本件証拠上、後遺症に関する医師の所見は単に鞭打損傷(頸肩腕症候群)と出ているだけでその程度診療内容を明らかにできるものはない。そこで、後遺症治療に要した通院実日数及び入院日数、後遺症が原因でタクシーの運転手を廃めるに至った原告の事情、本件事故の態様等を勘案すると、右後遺症に伴う精神的苦痛に関する慰藉は二五万円をもって相当とする。

(四)  弁護士報酬等

≪証拠省略≫によれば、原告は原告訴訟代理人に本件訴訟を委任するに際し、着手金五万円を支払い、成功報酬七万円の支払を約したことが認められるところ、本件事故と相当因果関係ある損害と認定すべき額は、本件事案に照らすとき、着手金・成功報酬共にそれぞれ右に認容した逸失利益及び慰藉料の合計額の約七%に該る三万七、〇〇〇円宛合計七万四、〇〇〇円をもって相当と解する。

五、してみれば、原告の本訴請求中被告らに対し六〇万六、七七九円とこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四四年六月一四日以降完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払(なお、以上は不真正連帯債務である)を求める限度において理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条・九三条一項但書、仮執行の宣言につき同法一九六条一項に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 正木宏)

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